miyazaki2
1: 砂漠のマスカレード ★ 2017/10/16(月) 11:15:10.63 ID:CAP_USER9
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さすがにテレビの力を感じさせた。
2017年10月7日夜の特番と9日の夕方ニュースでフジテレビが取り上げた連続幼女殺害事件・宮崎勤についての番組が反響を呼んでいる。
1988年から89年にかけて日本中を震撼させた連続幼女殺害事件だが、当時の映像、特に動画があれほどたくさん残されていたことはまさにテレビ局ならではだ。

視聴率も良かったようで、宮崎の著書『夢のなか』『夢のなか、いまも』を出版している創出版にも問い合わせが入るなどした
(ちなみに宮崎の名前は正確には別の「崎」なのだが、それがここではうまく表示されないようなので、
以下、「宮崎」という表記で書いていく)。

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このフジテレビの企画には私も協力しており、9日のニュース映像には、宮崎勤と300通も手紙をやりとりしていた編集者としてインタビュー場面が出てくる。
但し、かなりの時間話したものが短くつままれているので、視聴者はこの人何を言いたかったの?という印象だったかもしれない。

ここで今回のフジテレビの取り組みについての感想を書くと同時に、宮崎勤について紹介するために、2008年処刑される前に私に届いた宮崎の手紙の一部を披露しよう。
奇しくも『創』2008年8月号の特集「宮崎勤死刑執行!」に掲載したそれが彼の遺稿となってしまったのだった。

宮崎とは12年間のつきあいで、彼の手記は相当『創』に掲載してきたのだが、何せ死刑囚の独房の生活は単調で、最近聞いたラジオ番組とか治療のことといった話が続くために、
私は一時期、しばらく彼が送ってくる手記を掲載しないでいた。
それに対して宮崎は不満を漏らし、母親経由で掲載依頼を送ってきた。
そこで私は2008年7月7日発売の8月号に掲載すると答えて準備していたのだが、何とその過程で宮崎は突然、6月17日に刑を執行されてしまった。
結果的にその手記が、彼の遺稿になってしまったのだった。

その最期の手記の一部を紹介しよう。2008年4月22日付の手紙に書かれたものだ。

《私に届いた手紙(つまり来信)について。  物だけで文面が無いのも含めると、今のところ届いている手紙の数は、2464通届いている。「早く2500通に達しないかなあ」と思った。》

《次に、ビデオ視聴について。  80本(80種)のビデオ(すべてVHS型)を視聴した。(テレビデオで)ビデオ視聴は、「月に3回」の割り合い。》

《2007年4月第4月曜日に診察を受けたのですが、その日の夜(20時頃)から、それまでの投薬(のみ薬=こな薬)の分量より薬の分量が少なくなった。
その後、普段私に聴こえてくる幻聴の主たち、つまり、私・宮崎勤を(私のおじいさんが倒れた月の1989年5月から)
殺そうとしている得体の知れない(こわい)力を持っている者たちがその殺害方法を話し合っているのだが、その幻聴の主たちの人数が、それまでは10人ぐらいだったのが、今回は15人ぐらいに増えた。》

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篠田博之2017年10月16日 10:26