1810_kiko_sama1
1: 名無しさん@涙目です。(新疆ウイグル自治区) [KR] 2018/03/02(金) 11:16:37.56 ID:K8qTO23T0 BE:155869954-2BP(1501)
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眞子さまに厳しく接してきた紀子さまが置かれたお立場

もし、子育てに落ち度があれば、「やっぱり…」と後ろ指を指されることにもなりかねない。
ご結婚後、紀子さまが美智子さまのもとを頻繁に訪ね、
皇族としての心構えから立ち居振る舞いまで丁寧に教えを請われていたのは、不安を打ち消したいという葛藤からだったのだろう。
紀子さまの、眞子さまへの接し方は自然と厳しいものとなっていった。

「紀子さまは“私がしっかりしなければ”というお気持ちを強くもたれていました。眞子さまには常日頃から、
“皇族としての自覚を持って行動するように”と口を酸っぱくして言われていました。」(学習院関係者)

悠仁さまの誕生は、将来、眞子さまや佳子さまが「天皇の姉」になることを意味していた。

「眞子さまだけでなく、佳子さまにもより厳しくされたようです。あるお身内だけの食事会のとき、
佳子さまが秋篠宮さまのことを“お父さま”と呼んだことがあったそうです。そうしたら紀子さまが“殿下とおっしゃい!”とぴしゃり。
周囲が“身内の席だから”となだめても“けじめですから”と頑とされていたといいます。
 あまりに前のめりな紀子さまに、眞子さまが息苦しく感じられることもあったんだと思います。
紀子さまからの『お小言』に対しての反発を口にされたこともあったといいます」(前出・皇室ジャーナリスト)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180302-00000004-pseven-soci&p=1