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1: 名無しさん@涙目です。(SB-iPhone) [US] 2018/03/16(金) 19:13:17.88 ID:F2OHKnWw0 BE:228348493-PLT(16000)
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東日本部落解放研究所 初の東北県別部落史発掘 
関東、甲信越も 5年半の成果3冊に
https://mainichi.jp/articles/20180313/dde/018/040/048000c
https://cdn.mainichi.jp/vol1/2018/03/13/20180313dde001010009000p/9.jpg

東北や関東・甲信越の被差別部落史の研究成果を江戸時代中心にまとめた
『東日本の部落史』全3巻(東日本部落解放研究所編、現代書館、
3564~4104円)が刊行された。
東日本は、西日本と比べて被差別部落が少ないとされ、
部落史研究も遅く始まった。特に第2巻は初めて、東北の部落史を県別にまとめた。
藤沢靖介・同研究所副理事長と吉田勉・同事務局長に聞いた。(中略)

1993年の「同和関係人口」で、関東は約8万3000人と全国の9・3%だけ、
東北は数字がない。ダントツの関西(37万3000人、41・8%)などと比べて圧倒的に少ない。

「この数字がイコール部落民人口ではないが、実数も関東と東北を合わせて
せいぜい1割超でしょう」と吉田さん。
人数の少なさは、部落解放運動や歴史研究の少なさにもつながってきた。
特に東北の被差別民については、従来の論集は言及がないか、
全体で1章だけといったものしかなかった。
「県別の論文を並べられるほどに、ようやく研究が進んできた」(藤沢さん)

2: 名無しさん@涙目です。(SB-iPhone) [US] 2018/03/16(金) 19:13:43.93 ID:F2OHKnWw0 BE:228348493-PLT(16000)
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おかげで、他の地方にない特色や、狭義の部落民に限らず、
名称もさまざまな被差別民の姿が見えてきた。

たとえば、仙台藩(宮城県)の「らい人」。皮革関連などが生業の被差別身分の一つだ。
従来は、ハンセン病患者と、彼らを集住させた管理者と思われてきた。
今回、特に17世紀後半以降の患者は在宅が基本となり、
「らい人」とハンセン病の関連が薄くなったと分かった。

弘前藩(今の青森県西部)では、「革師」と呼ばれる人々が死んだ
牛馬の皮をはぐ仕事をした。ただし、革師の仕事は弘前城下と近辺だけで、
それ以外では、普通の農民が革師の代わりに作業をした。
垣根が相対的に低かったこともうかがえる。

画期的な研究成果だが、課題もある。
「近代以降の論がどうしても弱い」(藤沢さん)。東北の論考は、ほぼ江戸時代の話だけだ。
吉田さんは「関東は近代以降も強く差別が残ったが、東北はどうか。この点も課題です」。